若い頃は、誰かと一緒にいる時間の方が大切だと思っていました。
にぎやかな場所にいること、予定が埋まっていることが、
どこか「ちゃんとしている証拠」のように感じられたからです。
けれど、年齢を重ねるにつれて、
一人で過ごす時間が、少しずつ心地よくなってきました。
それは、寂しさに慣れたからでも、社交性がなくなったからでもありません。
むしろ逆で、
自分の感覚が、ようやく静かに聞こえるようになったからだと思います。
情報と役割に、長くさらされてきた
大人になると、日常の中に「役割」が増えていきます。
仕事での立場、家庭での立ち位置、人間関係での振る舞い。
それぞれを無意識に切り替えながら、私たちは過ごしています。
同時に、情報も増えました。
常に何かを判断し、反応し、次を考える。
気づかないうちに、頭の中はずっと騒がしいままです。
一人の時間が心地よく感じられるのは、
その騒がしさが一度、静まる瞬間だからなのかもしれません。
一人=孤独、ではなくなった
以前は「一人でいる=孤独」というイメージがありました。
でも今は、一人でいる時間に、安心感を覚えることがあります。
誰かに合わせなくていい。
言葉を選ばなくていい。
何かを証明しなくていい。
一人の時間は、
自分に戻るための余白のようなものです。
心地よさは、無理に探すものではない
一人時間を「充実させなきゃ」と思う必要はありません。
特別な趣味がなくても、
何か生産的なことをしなくてもいい。
音楽を流す。
本を少し読む。
何もしないで、ぼんやりする。
それだけで十分な日もあります。
大人になって一人の時間が心地よくなるのは、
何かを足したからではなく、
足さなくてもいいと分かってきたからなのかもしれません。
静かな時間は、弱さではない
一人の時間を選ぶことは、
逃げでも、後退でもありません。
それは、自分の調子を整えるための、
とても自然な選択です。
もし今、
にぎやかさより静けさを求めているなら、
それはあなたが弱くなったからではなく、
自分の声を大切にし始めた証拠だと思います。
一人の時間が心地よくなったことを、
無理に肯定しなくても大丈夫です。
ただ、そう感じている自分を、
静かに認めてあげれば、それで十分です。
quiet note は、
そんな時間のそばに置いてもらえる場所でありたいと思っています。
一人で過ごす時間が心地よく感じられるようになった一方で、
何もしない時間に、なぜか落ち着かなくなることもありました。

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