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  • 一人の時間が好きなのに、ときどき不安になる

    一人の時間が好きなのに、ときどき不安になる

    一人の時間は、たしかに好きだと思っている

    一人で過ごす時間は、気楽です。
    誰かに合わせなくていいし、言葉を選ばなくてもいい。
    何をしても、何もしなくても、理由を聞かれない。

    静かな部屋で、好きな音だけを流す。
    コーヒーが冷めていくのを、そのままにしておく。
    そういう時間を、私はたしかに「好きだ」と思っています。


    それでも、ときどき不安になる瞬間がある

    ただ、その時間が長く続くと、
    ふと、不安が顔を出すことがあります。

    理由ははっきりしません。
    寂しいわけでも、誰かに会いたいわけでもない。
    それなのに、胸の奥が少しざわつく。

    「この過ごし方でいいのかな」
    そんな言葉が、頭の中をよぎることがあります。


    不安は、間違っているサインとは限らない

    不安が出てくると、
    つい「何かがおかしいのでは」と考えてしまいます。

    でも、不安は必ずしも
    直さなければいけないものではないのかもしれません。

    一人の時間を大切にしているからこそ、
    その時間の意味を、考えてしまう。
    それだけのことなのかもしれません。


    誰かと比べてしまうと、不安は大きくなる

    SNSを開いたとき。
    誰かの充実した休日が目に入ったとき。
    不安は、少し大きくなります。

    自分の静かな時間が、
    急に「足りないもの」のように見えてしまう。

    比べてしまうのは、悪いことではありません。
    ただ、その視線が外に向きすぎると、
    心の輪郭がぼやけてしまう気がします。


    不安があるままでも、一人でいていい

    不安を消そうとしなくてもいい。
    理由を見つけなくてもいい。

    一人でいる時間が好きで、
    それでも不安になる日がある。
    その両方があっても、いいのだと思います。

    答えを出さないまま、夜が終わってもいい。
    静かな時間の中に、不安が混じっていてもいい。

    そう思えた日は、
    少しだけ、呼吸が楽になります。

  • 静かな場所にいると、考えに余白ができる

    静かな場所にいると、考えに余白ができる

    静かな場所に来たとき、
    最初に感じるのは「何かを考えよう」という気持ちではありません。

    ただ、空気が少し変わったような感覚。
    音が少なくて、人の気配も遠くて、
    自分の輪郭が、少しだけ戻ってくる感じがします。

    ここでは、何かを決めなくてもいい。
    そう思えるだけで、肩の力が抜けました。


    静かな場所では、何かをしなくていい

    静かな場所にいると、
    話さなくていい。
    説明しなくていい。
    役割を果たさなくてもいい。

    「何者かでいよう」としなくていい時間は、
    思っている以上に、心を休ませてくれます。

    何かをしないことが、
    怠けているように感じてしまう日もあるけれど、
    この場所では、それが自然に感じられました。


    考えは消えないけれど、詰まらなくなる

    静かになっても、
    考えごとが消えるわけではありません。

    仕事のことや、これからのこと、
    ふと思い出した過去の出来事。
    頭の中には、相変わらずいろいろ浮かびます。

    でも、不思議と詰まらない。
    考えと考えのあいだに、
    少し間ができるような感覚があります。

    その「間」があるだけで、
    息がしやすくなる気がしました。


    静かさは、答えをくれない

    静かな場所にいても、
    答えが見つかるわけではありません。

    迷いが消えるわけでも、
    決断が早くなるわけでもない。

    ただ、
    答えを急がなくていい状態で、
    そこにいられる。

    それだけのことが、
    今の自分には十分でした。


    余白があると、急がなくていいと思える

    考えに余白ができると、
    「今すぐ決めなくてもいい」と思えるようになります。

    今日じゃなくてもいい。
    この場で結論を出さなくてもいい。

    保留のままでも、
    時間はちゃんと進んでいく。

    急がなくていいと思えたことが、
    少し安心につながりました。


    また考えが詰まったら、戻ってくればいい

    また考えが詰まったら、
    同じ場所に戻ってこなくてもいい。

    特別な静けさでなくても、
    一人になれる時間や、
    音の少ない空間を思い出すだけでいい。

    行き詰まったら、
    静かになる方向を思い出す。
    それだけで、少し楽になります。

    quiet note には、
    そうやって行き来できる感覚を、
    これからも残していきたいと思っています。


    静かな場所は、
    いつも安心をくれるとは限りません。

    →一人の時間が好きなのに、ときどき不安になる

  • 考えすぎてしまう日に、音を少なくする

    考えすぎてしまう日に、音を少なくする

    考えが止まらない日があります。
    何か大きな出来事があったわけでもないのに、
    頭の中だけが忙しくて、落ち着かない。

    そんな日は、
    気づかないうちに、いろいろな音に囲まれています。
    音楽、動画、通知、生活音。
    どれも悪いものではないのに、
    その日は少し多すぎる気がします。


    考えが多い日は、音も多い

    考えごとが増えているとき、
    外の音も、いつもより強く感じます。

    静かな部屋にいても、
    頭の中はにぎやかで、
    さらに何かを足そうとしてしまう。

    音を流して、
    考えを上書きしようとしているのかもしれません。


    音を少なくすると、考えも少しだけ緩む

    そんな日に、
    音楽を止めてみます。
    動画も見ないで、
    ただ部屋の音だけにします。

    すると、
    考えが消えるわけではありませんが、
    少しだけ、隙間ができます。

    何かが解決するわけでもない。
    でも、これ以上増えない感じがします。


    静かにすると、何も起きない

    音を減らしても、
    特別な変化は起きません。

    気持ちが急に軽くなることも、
    前向きになることもない。

    ただ、
    悪くならない。
    それだけの時間が流れます。

    何も起きないことが、
    その日は、ちょうどいいのだと思います。


    考えすぎている自分を、責めなくなる

    音を少なくするのは、
    考えすぎている自分を直すためではありません。

    今日は、そういう状態だと、
    静かに認めるだけ。

    無理に切り替えなくていい。
    がんばらなくていい。

    ただ、
    少し整えるだけで十分です。


    今日は、それで十分だと思う

    考えが止まらない日も、
    音を少なくして過ごせたなら、
    それでいいと思います。

    何も解決しなくても、
    何も進まなくても、
    一日はちゃんと終わります。

    quiet note には、
    そんな小さな選択も、
    そのまま置いておきたいと思っています。


    頭の中の音を減らすだけでなく、
    身を置く場所も、大事なのかもしれません。

    →静かな場所にいると、考えに余白ができる